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1416 羊の顔 [詩・エッセイ]

 
羊の顔
 
つぶらな瞳
ひくい鼻
つばさのようなしろい耳
あどけない顔
みじかい足
ながくちぢれているよごれた毛
なごませる鳴声
 
その無垢なる佇まいは
美しい
 
クジラなどよりも知能が劣る
愚かな動物だといわれ
蔑まれ
その命を
穢れたパルプに乗せられ
肉にされ
洋服にされてしまう
 
生きとし生ける物の価値を
知能で量るなら
人もそれに倣うのでしょうか
心に病をもつ人もそれに倣うのでしょうか
齢を重ね惚けてしまったらそれに倣うのでしょうか
教えてください
八百万の神々が使っている
天秤で量って
 
その穏やかさ
その和やかさ
その優しさ
 
その無垢なる
お人好しならぬお羊好しのまなざしは
かなしくなるほど凛々しくて
美しい

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1415  枯れ葉 [詩・エッセイ]

 
枯れ葉
 
ぼくは
いつも大切なものを失くしてから
知るのが得意だった
 
あのひとの面影も
あのぬくもりも やさしさも
すべてを
失くしてから知った
 
一度失くしてしまったものは
頬を撫でて去って行く
風のように
もう二度と ぼくのもとへは帰って来ない
 
枯れ葉は
季節が巡ると
よみがえって来るけど
 
寒い夜になっても
もうだれも
ぼくをあたためてはくれない

 
 
 

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1414  ちっちゃな失業者 [詩・エッセイ]

 
我が家で家族の一員として暮らしていた(みく)の事を、
ノスタルジア物語の中に登場させました。
 
 
ちっちゃな失業
 
夕日を背に
トコトコと私に駆け寄って来たものがあった
それは
掌に入りそうな仔犬であった
 
それが生きる術なのか
まだ生れて間もない
ちっちゃな赤ちゃん野良犬は
可愛い仕草で
自分の魅力を精一杯売り込んでいる
 
つぶらな大きな瞳で
わたしを見つめながら
尻尾を
団扇のように振って訴えている
 
頭を撫でてやると
ごろんと仰向けになり
産毛越しに透き通って見える斑模様の
柔らかいお腹をおっぴろげ
 
あなたに服従します
雇ってください
食べ物をくださいと
必死の就職活動
 
 
 ちっちゃな赤ちゃん野良犬は
全身全霊を使って
必死に
生きていた。

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2013  鶺鴒 [詩・エッセイ]

 
鶺鴒
 
師走だというのに麦藁帽子を脱いで
流れる汗をタオルで拭いて
鍬の杖で
頬杖をつきながら
抜けるような青空を見上げると
安酒で喉をやられた場末の酒場女のような
ひどい濁声を張り上げている
青鷺が
羽根を軋ませながら飛んでいる
 
耕したばかりの黒い土の上には
二羽の鶺鴒が
長い尾を
ぴんこぴんこぴんこぴんこ いそがしく上下させながら
私を怖がることもなく
手の届くような近い処まで寄って来て
蚯蚓を頬張っている
 
耳の中からは
吉田拓郎の旅の宿が終わり
加藤登紀子の百万本の薔薇が聴こえて来た

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1412 金型で造られる日本人 [詩・エッセイ]

 
「金型で造られる日本人。保育園落ちた日本死ね」
 
と書いたブログが話題になり、流行語大賞の候補にもなり、
私は、とても素晴らしい言葉だと思った。
この言葉ほど、
現在の日本の歪んだ社会を見事に表現している言葉は無いとさえ思ったからである。
 
ところが、テレビバラエティ番組を見ていて驚いたのであるが、、
その事でアンケートを取ったら80%近くの人が、その言葉に否定的であった。
否定的な人の言葉には、
「死ね」と言っている言葉は絶対に許せないとか、
悲しい気持ちになった。
この言葉が候補になること自体が許せない。
「保育園落ちた死ね」と書いた人の
 
本質とは、
まったく掛け離れた言葉が多数寄せられたのには
驚いてしまった。
上っ面な「死ね」と言う言葉だけをとらまえれば、
この言葉は言ってはならない言葉である。
 
私は「保育園落ちた死ね」と言う言葉に、
言葉だけの日本の無責任極まる為政者達に対する抗議の意味があり、
私には、その怒りが伝わり、
素晴らしい言葉であると感動したものである。
 
私は、ある言葉を思い出した。
かなり前の事である。
、これもテレビを観ている時の事であった。
 
司会者が、
「もし日本に敵意を持った外国の軍隊が上陸して同胞が次々殺されたら、
貴方は敵と戦いますか」
と聞いたら。
「私はどんなことがあっても、
銃を持たないし、話し合いによって、敵と戦うつもりもありません」
と答えた。
 
私の兄は二十歳で戦死しているし、私も反戦であ。
だけど、周りの同胞が次々殺されているのに黙って、それを見ていられるであろうか。
私はたとえ老いぼれてはいても、殺されることが分かっていても、
戦うであろう。
 
私は「幼稚園落ちた日本死ね」と言った言葉に批判的な人達と、
どんなことがあっても戦わないと言った人達は、
浅原彰晃のような、どんな残虐な殺人犯であっても殺してはならないとい集団、
死刑廃止を唱える人達と、
イデオロギーの建前で生きる 人達、
まったく同じような人達に思えてならないのである。
 
そんな事を考えてしまうのは
私が耄碌してしまった証拠なのであろうか。
そう言えば、
私の脳は、脳神経外科クリニックの先生に寄れば、
貴方の脳は、
かなり隙間が空いているとの事であった。

 
 
 


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1411 ほどよい国になろう [詩・エッセイ]

 
 「ほどよい国になろう」
 
 日本の国民の48%%は、
何等かのアレルギー性疾患を抱えているという。
そう言えば、
あらゆる虫とか雑菌類は、
さも人間の天敵の様に思われ敵視されているのが昨今の日常である。
 
我家でも毎日のように下着を取り替え、風呂に入っている。
身の周りを見渡せば、
歯ブラシから始まり手洗いの洗剤に至るまで
抗菌の文字が氾濫している。
ふり返って見れば戦後の十数年は、
私達の腹の中に常駐していた回虫などを学校を通じて、
退治したものであった。
 
その結果、
私達の体も、その身のまわりも清潔になり、
それまで親しくしてきた???
虫や細菌達を遠ざけた結果はどうであろう。
その清潔な暮らしの代償に、
花粉症、
何等かのアレルギー性疾患は、
日本人の過半数が罹患しているという。
これは異常である。
 
日本人のものの考え方は極端に走る傾向がある。
日教組の教育の成果で、
敵が日本に責めて来ても私は戦わないと言った人をテレビで見たことがある。
その人のお父さんやお爺ちゃんやお婆ちゃんのほとんどの人は 、
戦争中は軍国主義者であり極端な愛国主義者であった。
それが戦争に敗け日本が民主主義の国になると、こぞって極端な民主主義者になってしまったのである。
 
虫や雑菌類に対する考え方も同じである。
それらのものは我が身に敵対する邪魔者であるとして、
徹底的に排除してしまったのが、
今の日本の現実である。
 
我々が日常吸っている空気でさえも、
汚な過ぎてもいけない、
綺麗過ぎてもいけない、
お隣のような国になりたくなければ、
ほどよい国でありたければ、
綺麗な空気ではなくて、 ほどよい空気を吸いたいものである。
ほどよいのは
動物園の中の空気のように、
ほどよく汚れている空気が人間には最適なのである。

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1410 青虫 [詩・エッセイ]

 
「青虫」
 
イギリスのEU離脱
アメリカの大統領選
お隣の韓国大統領のスキャンダル
 
常識というものが覆され
それまで信じていたものが汚物の中に投げ込まれたような
絶望的な気分にさせられる
 
人の心の中には
人に見られたくない 人に言われない
自分でも見たくない
心の闇がある
 
綺麗事をなんぼ並べ立てようが
それに相反するものが
心にある
魑魅魍魎のように闇の中で蠢いていたものが
白日の下にさらされてしまったのだ
 
それでも
畑の青虫たちは
美味しそうにキャベツを頬張っている
 
 
 
 

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1409 風呂の起源 [詩・エッセイ]

 
・・・小説「 ノスタルジア物語」より・・・
 
風呂の起源」
 
風呂の起源は、紀元前4000年頃のメソポタミアで、
祓い清めの為の浴室が作られ、
紀元前2000年頃には薪を使用した温水の浴室が神殿に作られていたそうである。
 日本に於ける風呂の始まりは6世紀頃に渡来した仏教の沐浴である。
沐浴をすると、七病を除き、七福を得られるという教えにより、
寺院に参詣する客を入浴させてたといわれている。
体を清潔にすれば健康にも繋がるという、理に叶ったものであった。
 
かっての日本で広く使われていた五右衛門風呂と呼ばれる風呂は、
底部のみが鋳鉄で出来ており、タガで木桶を締め付けて固定したものであった。
この「五右衛門風呂」に対して、
風呂桶全体が鋳鉄で出来ているのが「長州風呂」と呼ばれていた。
何時の頃からか、
この長州風呂が五右衛門風呂と呼ばれるようになった。
 
日本のような高温多湿の気候を持つ国で暮らすものにとって、
朝早くから夜遅くまで泥まみれ汗みどろになって働く者にとって、
この五右衛門風呂は、
その疲れた体を五右衛門風呂の温かい湯に浸すことにより、
泥や汗などの汚れを取り冷え切った体を温め、
汚れと一緒に疲れまで取ってくれるのが五右衛門風呂であった。
 
 風呂には魔法のような力がある。
その日、
少々の嫌な事があっても、
五右衛門風呂の温かい湯に浸かると 、
そんなものは消え失せ、
人は思わず恍惚の声を上げるのである。
これほど、
誰にでも至福を感じさせてくれるものは他には無いのである。
 

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1408 母 [詩・エッセイ]

 
ノスタルジア物語より。
 
「母」
 
母は父に
こよなく愛されたように
母も父を
こよなく愛した
 
そして八人の子供たちも
こよなく愛した
 
子供たちも
そんな母を
こよなく愛し
齢を幾つ重ねても
いつまでも幼児のように
母に愛されたいと願った
 
そんな母が逝ってしまった
まるで眠っているような
微笑みを残して

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1407 老人鬱 [詩・エッセイ]

 
 
「老人鬱」
主人公の賢太も老いてしまい、
一人ぼっちになってしまうのではないかと いう強迫観念に憑りつかれてしまい、
老人鬱のような状態に、(この小説では一番暗い場面)
 
 
       「花は散りてもまたもや咲くが老いに萎れる身ぞ辛き」という仮名草紙もあるように、          
                どんな偉い人が、美辞麗句を百万言並べ立てようが、人間の老いの先にある               
真実 (もの) は 己自身の体さえも支えられなくなる老醜と、孤独と、絶望と、             
そしてその先にあるのは 死だけである。                                                      
                   それは万人が、この世に生を受けた時から約束されたものであり、                         
                   人はそれに向かって一歩一歩歩んで いるだけなのだと死神は私に呟いた。                            
        夜の静寂のなかには物の怪が棲んで居るのかもしれないと、私は思った。                
         歳を取ると、夜は安らかな眠りを誘ってくれる憩いの時間ではなくなり、                    
 その安らかな眠りを妨げるのは、老いた私の心を壊そうと企んでいる             
        悪意に満ちた魑魅魍魎たちであった。                                         

                                               (ノスタルジア物語より)                          
                          
(注)パソコンの具合最悪です。要、ご容赦。
 
                                        
                     

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