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2013  鶺鴒 [詩・エッセイ]

 
鶺鴒
 
師走だというのに麦藁帽子を脱いで
流れる汗をタオルで拭いて
鍬の杖で
頬杖をつきながら
抜けるような青空を見上げると
安酒で喉をやられた場末の酒場女のような
ひどい濁声を張り上げている
青鷺が
羽根を軋ませながら飛んでいる
 
耕したばかりの黒い土の上には
二羽の鶺鴒が
長い尾を
ぴんこぴんこぴんこぴんこ いそがしく上下させながら
私を怖がることもなく
手の届くような近い処まで寄って来て
蚯蚓を頬張っている
 
耳の中からは
吉田拓郎の旅の宿が終わり
加藤登紀子の百万本の薔薇が聴こえて来た

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1412 金型で造られる日本人 [詩・エッセイ]

 
「金型で造られる日本人。保育園落ちた日本死ね」
 
と書いたブログが話題になり、流行語大賞の候補にもなり、
私は、とても素晴らしい言葉だと思った。
この言葉ほど、
現在の日本の歪んだ社会を見事に表現している言葉は無いとさえ思ったからである。
 
ところが、テレビバラエティ番組を見ていて驚いたのであるが、、
その事でアンケートを取ったら80%近くの人が、その言葉に否定的であった。
否定的な人の言葉には、
「死ね」と言っている言葉は絶対に許せないとか、
悲しい気持ちになった。
この言葉が候補になること自体が許せない。
「保育園落ちた死ね」と書いた人の
 
本質とは、
まったく掛け離れた言葉が多数寄せられたのには
驚いてしまった。
上っ面な「死ね」と言う言葉だけをとらまえれば、
この言葉は言ってはならない言葉である。
 
私は「保育園落ちた死ね」と言う言葉に、
言葉だけの日本の無責任極まる為政者達に対する抗議の意味があり、
私には、その怒りが伝わり、
素晴らしい言葉であると感動したものである。
 
私は、ある言葉を思い出した。
かなり前の事である。
、これもテレビを観ている時の事であった。
 
司会者が、
「もし日本に敵意を持った外国の軍隊が上陸して同胞が次々殺されたら、
貴方は敵と戦いますか」
と聞いたら。
「私はどんなことがあっても、
銃を持たないし、話し合いによって、敵と戦うつもりもありません」
と答えた。
 
私の兄は二十歳で戦死しているし、私も反戦であ。
だけど、周りの同胞が次々殺されているのに黙って、それを見ていられるであろうか。
私はたとえ老いぼれてはいても、殺されることが分かっていても、
戦うであろう。
 
私は「幼稚園落ちた日本死ね」と言った言葉に批判的な人達と、
どんなことがあっても戦わないと言った人達は、
浅原彰晃のような、どんな残虐な殺人犯であっても殺してはならないとい集団、
死刑廃止を唱える人達と、
イデオロギーの建前で生きる 人達、
まったく同じような人達に思えてならないのである。
 
そんな事を考えてしまうのは
私が耄碌してしまった証拠なのであろうか。
そう言えば、
私の脳は、脳神経外科クリニックの先生に寄れば、
貴方の脳は、
かなり隙間が空いているとの事であった。

 
 
 


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1411 ほどよい国になろう [詩・エッセイ]

 
 「ほどよい国になろう」
 
 日本の国民の48%%は、
何等かのアレルギー性疾患を抱えているという。
そう言えば、
あらゆる虫とか雑菌類は、
さも人間の天敵の様に思われ敵視されているのが昨今の日常である。
 
我家でも毎日のように下着を取り替え、風呂に入っている。
身の周りを見渡せば、
歯ブラシから始まり手洗いの洗剤に至るまで
抗菌の文字が氾濫している。
ふり返って見れば戦後の十数年は、
私達の腹の中に常駐していた回虫などを学校を通じて、
退治したものであった。
 
その結果、
私達の体も、その身のまわりも清潔になり、
それまで親しくしてきた???
虫や細菌達を遠ざけた結果はどうであろう。
その清潔な暮らしの代償に、
花粉症、
何等かのアレルギー性疾患は、
日本人の過半数が罹患しているという。
これは異常である。
 
日本人のものの考え方は極端に走る傾向がある。
日教組の教育の成果で、
敵が日本に責めて来ても私は戦わないと言った人をテレビで見たことがある。
その人のお父さんやお爺ちゃんやお婆ちゃんのほとんどの人は 、
戦争中は軍国主義者であり極端な愛国主義者であった。
それが戦争に敗け日本が民主主義の国になると、こぞって極端な民主主義者になってしまったのである。
 
虫や雑菌類に対する考え方も同じである。
それらのものは我が身に敵対する邪魔者であるとして、
徹底的に排除してしまったのが、
今の日本の現実である。
 
我々が日常吸っている空気でさえも、
汚な過ぎてもいけない、
綺麗過ぎてもいけない、
お隣のような国になりたくなければ、
ほどよい国でありたければ、
綺麗な空気ではなくて、 ほどよい空気を吸いたいものである。
ほどよいのは
動物園の中の空気のように、
ほどよく汚れている空気が人間には最適なのである。

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