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1457 プロローグ 白い帽子 [詩・エッセイ]


小説「神田神保町」の第一稿が出来上がったので、

記念にプロローグだけ掲載します。


「プロローグ・白い帽子」


フリルの付いた白い帽子は

まるで白鳥が舞い降り立ったかのように

河で遊んでいた

僕の目の前に降り立っていた

見上げると

屋根のある橋の上に

歳も小五の僕と同じくらいなら

背丈も同じくらいの女の子が

二人並んで立っていた


二人とも清楚なワンピースも同じなら

たぶん

白い帽子も同じものなのであろう

一人は被り

もう一人は被っていなかった


帽子を被っていない方の女の子は

白い帽子が落ちる方向を見定めてから

河原に向って走り出し

僕も

拾った白い帽子を手渡そうと

素足で水を切りながら

河岸に向って歩いた


僕は

河岸に這い上がり手渡そうと待っていたら

近付いて来た女の子は

夏草に足を取られて つんのめりながら

河の中に落ちそうになった

僕は慌てて

女の子を抱きとめた


僕の両腕の中にある女の子は

この里では見たこともないような

スラリとした長い脚に

白く透き通った白い肌

黒目勝ちの大きな瞳に白い歯の

美しい少女であった

僕は

その都会の女の子の美しさに圧倒されていた。


その女の子は囁いた


「河に落ちそうになったところを助けてくださり、

ありがとう、

帽子も拾ってくださり、

ありがとうございます」


都会的な美しい少女に

礼儀正しく挨拶されたのに

僕は

田舎の少年らしく

しどろもどろだった


あれは

はるか遠い日の

わたしの初恋

あのドキドキした胸のときめきを

わたしは忘れない




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1456 18歳と81歳の違い [詩・エッセイ]



小説を書くのに熱中してしまい、

もう忘れ去られてしまうくらいご無沙汰をしてしまい、

申し訳なく思っております。


話は違うのですが、

家内が面白い言葉を書いてきたと言うので見せてもらったら、

余りにも面白いので紹介します。




「18歳と81歳の違い」


恋に溺れるのが18歳 風呂で溺れるのが81歳

道路を暴走するのが18歳 道路を逆走するのが81歳

心が脆いのが18歳 骨がもろいのが81歳

偏差値が気になるのが18歳 血圧血糖値が気になる81歳

未だ何も知らない18歳 もう何も覚えていない81歳

自分探しをしている18歳 皆が自分を探している81歳

お手入れで虫歯がゼロの18歳 入れ歯だから虫歯ゼロの81歳



誰が考えたのだろう?

面白くて、ちょっぴり悲しいものがありますね。

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1456 こんなことが許されるのだろうか? [詩・エッセイ]


「こんなことが許されるのだろうか?」


こんな事を書いても虚しいだけだから書くのはよそうと思っていたが、

どうしても書かずにはいられなかった。


拉致誘拐、拷問、人権抑圧、収容所、殺人、麻薬、密輸、贋札造り、テロ、

大韓航空機爆破事件、核実験、ミサイル開発、叔父の殺害、側近の殺害、

人民の餓死と大量虐殺、

罪名を書いていたらきりがないほどある凶悪なる犯罪者、

反吐が出るほど醜悪なる金正恩親子三代。

その核開発に協力してきた、

金大中、ノムヒョン、ムンジェインの三人の韓国左翼の大統領。

自国の、一部の白人だけの繁栄だけを願い、すべての民主主義を否定する無知蒙昧の権化、

トラン゜アメリカ大統領


その三人がノーベル平和賞の第一位、第二位の候補者であるという。

国際政治が正義や民主主義で行われるとは、こんな私でも思ってはいない、

だけど、こんな恥ずかしいことが行われてよいものなのであろうか?

もう世界には良心の欠片さえ残ってはいないのだろうか?


そのうえ日本には嘘と欺瞞が満ち溢れ、

私は絶望に苛まれている。



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1454 おのおのめいめいそれぞれ [詩・エッセイ]


「おのおのめいめいそれぞれ」


顔貌が瓜二つだ

そっくりだ

とてもよく似ていると言われていても

よく見て見ると

おのおのめいめいそれぞれに違い

それぞれの顔をしている



それと同じように

人の考えることも

おのおのめいめいそれぞれに違うものである


右の端を歩いている人は人は左の端を歩いている人を

左の端を歩いている人は人は右の端を歩いている人を

己の考えている事とは違うと言って

共に醜い顔して

過激に非難して攻撃する

正規分布で言えば

右の端を歩いている人も左の端を歩いている人も真面ではなくて

共に

異常値であり

不具合品であり

醜悪であり愚劣であるのに

まるで主役であるかの如く振舞っている


ピカソやシャガールを見たって

美を感じない人もいれば

埃が溜まったトイレのガラス窓に夕陽があたっている光景わ見て

美しいと見惚れる人もいる

美は

おのおのめいめいそれぞれなのである


人は

おのおのめいめいそれぞれ

百人いれば百人の考えがあり

千差万別なのである


今日も

醜悪なる異常値であり不具合品たちが

世界中で

のさばり異常繁殖して

世界の平和を掻き乱している




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1453 こけちゃいました [詩・エッセイ]


「こけちゃいました」


オリンピックのシーズンになると、

今でも、あの時の、

あの爽やかなアクシデントを想い出す。


「途中で、こけちゃいました」


この言葉が、

こんなにも美しく光り輝いたのは、

この言葉が創られて初めての事ではないだろうか?


オリンピックに纏わる栄光や伝説は枚挙に遑がないくらい沢山あるが、

その選手は、

オリンピックのメダルには縁がなかったのにもかかわらず、

私の脳裏には、

今も、あの感動が燦然と輝いている。


今から二十六年前、

一九九二年バルセロナオリンピック大会最終日の男子マラソン、

二十キロ過ぎの給水所で谷口選手がボトルに手を伸ばした瞬間、

左後方から来たモロッコの選手と交差して左足かかとを踏まれてバランスを崩すと、

巻き添えを恐れた後続の選手に突き飛ばされたのだった。

ロスタイムは三十秒以上、

靴を履きなおしてレースに戻ったが、先頭集団には十五人もの選手がいた。

それでも次々と前を行く選手たちを驚異的な追い上げで抜き去り、

八位でゴールしたのである。

四十二・一九五キロを走り終えたのに、

その疲れも見せず直後のインタビューで、彼は、照れ笑いをしながら、

淡々と語っている。

「途中で、こけちゃいました」

と言ったのは、

「メダルを逃した説明をしなくちゃと思って、

勝てなくて申し訳ないと思っていましたから。まぁ、言い訳です」

と語り、

少しも悪びれず、このアクシデントを誰の所為にもしなかった。


私は、偉大なる偉業を成し遂げた金メダリストよりも、

メダルは取れなかったが、

この谷口浩美選手のことが忘れられない。

彼こそが、

いい意味での日本男子であり、

いい意味での、誇りに思うことの出来る武士(もののふ)であると思っている。

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1452 グッドラック [詩・エッセイ]


グッドラック


街に雪の降る寒い朝であった。

 あの独特のスタイルで首を前後に振りながら、

一握りの糧を求め、

行楽地に向かう人々がごった返すモータープールの中を歩いている。

その姿は、

施しを断られても、断られても、悪びれることもなく、

寒風吹き荒ぶ貧しい村を素足で行脚する修行僧のように見えた。  

左右に体が大きく揺れる鳩の足元を見れば、

犬か猫にでも咬まれたのか?

それとも、

生れながらのものなのかは知る由もなかったが、

右足は短く、歪に引き攣り、湾曲しているから、

果たして飛ぶことはできるのだろうかと訝しく思った。

なおもその鳩は、

美食を求め、景勝地を求め、温泉地を求め、

何もすることの無くなってしまった有閑爺と、有閑婆たちが群れを成す

モータープールの中を、

生き抜くために必死になって足を引き摺りながら、

ときどき首を横に傾げ、

一人一人に頭を下げで行脚する。

歩いても、歩いても、五分たっても、十分たっても、

その鳩は一握りの糧も得ることはできなかったが、

それでも鳩は根気よく、一握りの糧を求めて歩き続けた。

私は我慢できずに、

非難されるのを覚悟で、

カバンの中からピーナツの袋を取出すと一粒ずつ与えた。

鳩は貪るように食べ続け、与えなかったら私の指を突いて催促をする。    

それを何処かで見ていたのか、

小さな雀が一羽寄って来たので、

ピーナツを細かく砕いて路面にばら撒いてやったら、

鳩と雀は、喧嘩もせずに仲良く啄み始めた。

バスに乗る時間になったので、

鳩と雀を近くの草むらに誘い、残りのピーナツをばら撒きながら、

私は気取って呟いた。     

「グッドラック」と。     



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1451 春のお茶 [詩・エッセイ]


「春のお茶」

すっかりご無沙汰をしてしまい、

もう忘れられてしまったのではないかと心配をしています。

インフルエンザの後遺症なのでしょうか?

頭がスカンポのようになり、

体調も悪くてゴロゴロしておりました。

だけど、

もうすぐ春です。

桜の蕾も、ふっくらとふくらんでいます。

花が咲くのも早そうですね。


桜の花と言えば、

四月八日は、

お釈迦様のお生まれになった日です。

そのお釈迦様の像に、

甘茶をそそぐのが灌仏会です。

花祭りとも、花供養ともいいます。

その甘茶は、ほのかに甘いお茶でした。

だけど、本物のお茶ではなく、

紫陽花の木の仲間で、

オオアマチャというものと、アマチャズルで作るのです。


甘いものに飢えていた子供時代、

この甘茶を、

お寺の人たちに一升瓶に入れてもらい家に持って帰るのが嬉しかった。

今の子供たちに、

そんなことを言っても理解してもらうのは難しいでしょうね。

でも、私は飲みたいです。

あの、ほのかに甘い香りのする

春のお茶を



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1450 九十九歳の解体新書 [詩・エッセイ]


「お忙しい方はスルーして下さい」


七十四歳の誕生日を迎えるまでは、

この年の割には身内の者を弔うという不幸が余りも少なかった。

その平穏な日々が崩れたのは、

意識のないまま五年も眠り続けていた義父が眠ったまま旅立って行ったことである。

覚悟はしていたもののもしかしたら目覚めるのではないかと淡い期待もあり、

子供たちが落胆するのは当然の事であった。

通夜が終わり、翌日の葬式もつつがなく終わったが、

骨折して体の不自由な母親の面倒を見るため家内は夜遅く帰って来て高熱を出した。

翌日、私も高熱を出して医者に診てもらうとインフルエンザ(A)であった。

私は、生まれて初めてのインフルエンザであっる。

家内はタミフルを飲むと、その効能の通り一週間で治った。

私はタミフルを飲んで四日目で36度まで熱が下がった。

その翌日からは39度前後の高熱が続き、

恐ろしいほどの咳や痰に見舞われている。

あと一つは書きたい。

肺炎を疑い私は翌日病院に行き意識朦朧としながら二時間半も待たされた。

看護婦さんは優しかったが事務方は優しくなかった。





「九十九歳の解体新書」


私の義父は、難病のレビー小体型認知症を患い、生々しい幻覚に

悩まされ続けながら三年、更に意識が無くなってから五年余りも眠り

続け、白寿を迎える一年を前にした一月の寒い朝、眠ったままあの世

に旅立った。意識が無くなってからも家族の者が「お祖父ちゃん来

たよ」と病院に行って話し掛けると「おぅ」とか「あぁ」とか声を

出し、手足や顔を撫で擦ってやると色んな反応を見せていたから、

何時かは目覚めるかもしれないと淡い期待を抱いていたのに、月

日が堆積されるごとに反応は鈍くなりはじめ、定められた蝋燭の 

炎は燃え尽きてしまったのである。              

斎場で、咲き乱れる花に埋もれ華麗なる柩で焼き場に向かったは

ずの台車なのに、、白く焼かれて柩の残骸を乗せて戻って来たそれ

を見て、私は何の脈拍もなく「広島平和記念資料館」で見たことの

ある写真を連想してしまったのである。その広島と、義父とはな

んのつながりもなければ話をしたこともなかった。その台車の上

に残った骨を斎場の職員が「これがの徒仏で御座います」「これ

が膝の骨です」などと解説している姿は、まるで解体新書」の腑

分けのようであった。よくも兵隊にとられたものだと思うほどに

小柄で、生真面目で、善良であったエピソードに事欠かない、小市

民の代表のような義父であ。その義父が生前にたった一度だけ、

お墓参りの途中の山の中で、子供や、孫や、私たちを座らせ、

義父が戦場で体験した身の毛だつような生々しい恐ろしい話を

してくれたことがあった。その話を残したいから活字にして欲

しいと私に頼み、それから数年して義父は病に倒れたが、私は

義父に頼まれたことを、まだ一行も書いていない。その葬式の

日、車窓から見える白鷺城のある兵庫県南部に、私の好きな

雪が降った。                     




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1449 そして誰もいなくなった [詩・エッセイ]


「そして誰も居なくなった」


里に

人が一人いなくなり

二人いなくなり

牛のゲップの音も

馬の嘶きの声もしなくなり

お店がなくなり

電車もバスも走らなくなりました


里に

赤ちゃんの泣き声がしなくなり

子供たちの甲高い喚き声も聞かなくなり

学校は廃校になってしまいました

春と秋が来なくなり

夏と冬だけになりました


里に

残ったのは

お爺さんとお婆さん

そして

目脂をつけてよろよろと歩く猫と

涎を垂らしながらよたよたと歩いている犬だけでした


里で

灼熱の夏にお爺さんが亡くなり

厳冬の冬にお婆さんも亡くなりました

よろよろ歩いていた猫も

よたよた歩いていた犬も

同じように亡くなってしまいました


そして

里には誰も居なくなり

残ったのは

荒れ果てた山と 田圃と 畑と 墓石だけでした


そして

里の主になったのは

虫と

鳥と

獣たちと

あてどもなく彷徨う魂を乗せた

風と

雲だけでした

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1448 神田神保町 [詩・エッセイ]


ぐうたらな性格である私は、

自分を追い込まなかったら何もしないで歳を取るばかりの男です。

それは自分の過去をふり返って見れば一目瞭然なので、

それならばと奮起して新しい小説を書くことにしました。

題名は「神田神保町」です。

この題材は十数年前から温めていたもので、

物語は、

東京の神田神保町の古書街で出会った若い二人の男女が恋をして結ばれ、

共に五十代にさしかかった頃、

或る日突然、最愛の妻に先立たれ苦悩し再起する物語です。

書き始めたのは

七十四歳になった私の誕生日の12月24日のクリスマスイブの日でした。

完成するのは今年の誕生日の予定です。

壊れかかった頭なので、

この小説は完成するかどうかは分りません。

どうして頭の壊れかかった今になって書くのでしょう?

自分でも理解出来ません。

強いて言うなら「神田神保町」の題名が気に入っているから、

どうしても、これだけは書きたかったのかもしれません。



(その中の一章の断片より)

第二章・神田神保町

神田神保町は世界一の本の街であるが、私と雅子にとって青春そ

のものの街であった。                                                     

神田神保町古書街は、主に、東京都千代田区神田神保町にある古

書店などが密集している場所の総称であり、岩波書店、小学館、な

どの大手出版社、印刷所、新館を扱う一般書店の他に、専修大学、

明治大学、日本大学など大学、学術関係の施設もあり、これらが一

 体となって本の街、神田神保町を形作っている。         

神田神保町には、十月下旬より、十一月初旬にかけての十日間、

神田古書連盟による最大の年中行事「神田古本祭」が開催される。

書物に関する様々なイベントを通し、多くの読書人に支持され、

近年は東京名物として定着し、日本全国はもとより、海外からも

多くの人々が訪れている。                 

靖国通りの歩道には、古書店百六十店、在庫一千万冊を誇る青空

古本市と呼ばれる書店と書棚に囲まれた約五百メートルの回路出

現する。                                                                      

そこには本の街の文化遺産、希少書の展示、博物館や美術館でしか

見られない古典籍から肉質資料、近代初版本、普段店頭には見られ

ない内外の貴重書籍を集めたイベントがあり、本好きのお宝探しに

は堪らない催しものである。                                              


   私と雅子の出会いは神田神保町の古本屋であった。         

私が田舎の高校を卒業して東京の葛飾区にある鉄工所に就職して間も 

ない頃で、雅子は成城の高級住宅街の大邸宅に住むT大学経済学部の二

回生で私よりも一つ年上であったが、その境涯も天と地ほどの違いが

あった。                           




                           




          

                 



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